-傷-










「もちろん、タダでとは言わない」
シスイがイタチをかばうようにゆっくりと移動する間、カカシは口元に笑みを浮かべてその様子を見つめていた。
「こいつを買おうってのか」
「うん。そゆこと」
「そんな要求、受けられないに決まってるだろ」
「お前ね、本人そっちのけで勝手に話すすめてんじゃないよ」
カカシがそう言うと同時に空気が変わる。重くなっていく。
「イタチ」
シスイは手を差しのべて、すっかり座り込んでいたイタチを立ち上がらせた。
「…ありがとう」
その手をとりながらイタチがうつ向いたまま言った。

「イタチは未だ12歳になったばかりだ。連日の任務で疲れているし、一族でもないお前と寝る義理も暇もない」
「だーから、金出すって言ってんでショ?」
「そういう問題ではない。第一、お前の発言は充てにならない。さっきだってオレが来なければ無理矢理…」
「だあってさァ、」
イタチは二人の口論には耳を傾けず、自分をかばってくれるシスイの背中を見ていた。
火を操るうちは――― 一族の家紋。
それがイタチの運命を縛る忌まわしい存在にしか見えず、イタチは頭を振って沸き上がった不信感をいっときだ
け追い払った。

カカシの言ったように、うちは一族は庶民の血と混じりその純粋さが薄れることを避け、血筋を守るために多くの犠牲を払ってきた。
女は生まれてからすぐに親から引き離されて、物心がつくまでに房中術をはじめ特別な教育を施されながら育つ。
すべては一人でも多くの男と交わり、子孫を残すために為される。
そこに個人の意思など存在しない。あるのは一族のためにその身を捧げるという使命、ただそれだけだ。
そうして女たちには色恋に目覚めてしまわないようにと地獄の軟禁生活が待っている。
一族にとって女とは、“穴と袋”でしかなかったのである。
対して男たちはというと、女たちの準備が整うまでの間にある戯れに興じる。
一年おきに一族内で最も見目麗しいとされる男児をひとり選出する。
以後その子どもは一族繁栄のために必要不可欠なものとして扱われ、彼らのたぎる欲望の捌け口となって奉仕す
ることを余儀なくされるのである。
このシステムの発案者は女に違いない、とイタチは思った。
いわば女として生まれ落ちた者たちの復讐、怨念と憎悪なのだ。
そうまでして生き永らえた先に一体何が待っているというのか。
六年前、「しきたりだから」と話を持ってきた父親の前でイタチは声が枯れるまで泣いた。
イタチはあの日から、目に見えない涙をとめどなく流し続けている。

イタチは、入れ替わり立ち代わり現れる獣のような卑しい瞳をした男たちを相手に、地獄にも似た日々を淡々と
過ごしていた。
感情を殺し、愉悦を表に出す術を忘れてしまったかのように振る舞うイタチを、父フガクは闇雲に叱りつけた。
フガクはイタチを牢に繋ぎ、任務から帰ったらそこに入り客をもてなすようにと言いつけて突き放した。
牢に入れられたイタチはこれ以上ない程に驚いた。
自分より先にそこで暮らしていた五つ下の赤子がいたからである。
イタチの母ミコトは、イタチが一族の奉仕者に選出された功績により施設からの退去を許され、この地下牢の地
上部分、すなわちうちはの屋敷で暮らしていた。
聞けばこの赤子は連れ子なのだという。父親は不明。フガクかもしれないがたぶん違うだろうとミコトは寂しそうに笑った。
なぜこんな赤子を日の光も当たらないような所に置いておくのか、それでも母親か、と言葉を投げつけるとミコトは涙を流した。
まだ幼かったイタチには、その涙の意味を理解することができなかった。
ただ唐突に現れた「兄弟」の存在を受け入れるのが精一杯だった。

冷たい床の上に横たわりながらイタチは、拘束着の中で日に日に衰えていく身体と意識を案じ、ある決意をした。















INFO:2005/06/24 06:48
「雫」の続き。終わってませんが、続きもしません。
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