-雫-
任務から帰った兄さんからはいつも石鹸の匂いがする。
今日も。
引き戸が開いて、隊服に身を包んだ兄さんが入ってくる。
はぁ、はぁ、と息を荒げて玄関先に倒れ込んだかと思うとそのまま動かなくなってしまう。
声を掛けても反応がないので、父さんに助けを求めた。
しばらくした後やってきた父さんに抱きかかえられて、兄さんが寝室に運ばれていく。
そのときの兄さんは、実際の年齢より幼く体格もずっと小さく見えた。
父さんと兄さん。なんだか普段と違う気がする。不思議な感じがした。
「いやー、スッゴかったね!」
「俺なんてもう、いつもの倍興奮しちゃってタイヘンだったよ」
未だ面を付けたまま、返り血にまみれた服を纏い雑談に興じる同僚たち。
その間を無言で通り抜ける。
イタチは、暗部の詰所が大嫌いだった。
幸い馴れ合いのようなものはなかったが、なんとも形容しがたい類の話が耳に飛込んでくるからだ。
殺す前の標的を必要以上になぶったり、息の根をとめた後その亡骸を弄んだり、果ては命乞いをする女や小児を
相手にいかがわしい行為に及ぼうとしたり、とにかく現場はいつも狂気に満ちていた。
そこから帰還した者は大抵、その一部始終を武勇伝として誇張してまわった。
ただ本国からの命令に従い、殺戮を繰り返すだけの毎日。狂うのも無理はない。
いつか自分も同じことを…?などと考えると反吐が出そうだけれど。
「この者たちとは永久に相容れることはない―――」そう思っていた。
手早く湯を浴びて詰所を出ようとするイタチに今日もしつこく絡み付く視線があった。
「よ。もうオカエリですか」
「………」
はたけとか言ったか。
イタチは顔を上げることもなく無視を決め込んで歩みをすすめる。
しかし、ボサボサ頭のとぼけ顔にあっさり行く手を阻まれてしまう。
無駄な戦闘はしたくない。イタチはそのときようやくその男と目を合わせた。
「ん!相変わらず美人だね〜、惚れ惚れしちゃう」
いつも帰り路で乾かす髪から、雫が床にポタリと落ちた。
男の背中の向こうから、例の連中の下卑た笑い声が聞こえる。
「お前、弟いたよね。五つ年下の」
「…それが何か」
「だから乗り気じゃなかったの?今日。すごい殺気だったよね。
ずっと見てたでしょ、俺があの獲物やるとき。どぉ?欲情しちゃったりした?」
よほど顔面に唾を吐きつけてやろうかと思ったが、問題を起こしてこの場にいる時間を長引かせるよりも早く立
ち去りたい気持ちが勝りイタチはグッと堪えた。
目線は詰所の通用口を抜け、外の小道のそのまた向こう側を捕えている。
目の前の男は手だれ――― 多勢に無勢の勝負を仕掛ける気にもならなかったが、イタチの足は彼の意思に反し
て一歩踏み込んだ。
「…退いてください」
「ヤ〜よ」
「帰りが遅くなると家の者が心配するので」
「……」
男が首を廻らすと同時に、背後から延びてくる複数の腕に身体を拘束される。
「おとなしくしてネ。なに、悪いようにはしないからサ」
薄気味悪い笑顔で男が囁く。
イタチが腹の底からこみ上げる吐気に顔を歪めると、興奮した様子で別の男が口を開いた。
「カカシ…俺もう限界!」
「まーまー待ちなさいって。ね、イタチ」
荒れた指でイタチの顎を掬い上げながらカカシが続ける。
「うちは一族ってのはロクでもない大人の集まりだね〜、こんなコを手籠めにしてさ。
そうまでして護りたい血ってのはさぞ有り難いモノなんだろうね?やみくもに種を撒いて
歩くわけにもいかないってんであみ出された効率の良い性欲処理の方法がコレじゃあね…」
「何をしている」
半裸の男たちに取り囲まれ、服を脱がされかけていたイタチの前に歩み出る者がいた。
「チィ!シスイさまのおでましかぁ」
張り詰めていた空気がほどけて、周りの人影も次々と消えて行く。
カカシが頭を掻きながら言った。
「んー…俺ね、イタチとしたいだけなんだけど」
終
INFO:2005/06/23 19:57
最初サスケ視点で中身はシスイタ前提カカイタ未遂みたいな感じ。暗部設定。(未完)
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